大阪高等裁判所 昭和40年(う)1530号 判決 1966年2月26日
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人ら両名の負担とする。
理由
所論は要するに、原判決は、被告人出田は姫路郵便局の事務員として郵便物の集配の事務に従事していた国家公務員であるところ、姫路電報電話局より姫路郵便局に差し出しされていた「電話架設のご案内」と表面に印刷してある第五種郵便物について、その名宛人の住所、氏名、電話番号を紙片に書き写し、被告人土屋らに交付し、もつて、郵便法八〇条二項の信書の秘密を侵すとともに、国家公務員法一〇〇条一項の職務上知ることのできた秘密を漏らしたものであると認定しているが、(一)右の電話架設案内は開封の信書で、その内容が信書の表面に明白に記載されているから、その内容が他人に知られても差し支えないとして出されたものであり、守らなければならない秘密はないので、宛名、住所を漏らしても、郵便法上の信書の秘密を侵したとはいえない。(二)国家公務員法一〇〇条一項の秘密とは、客観的にみて誰がみても、他人に知られたくないという事項か又は法律、命令又は当事者関係人から具体的に「秘密にすべし」とされている事項でなければならない。電話架設案内は、いかなる意味でも他人に知られたくない事項とはいえず、しかも姫路の電報電話局では、特定の証券業者に電話の新規架設該当者の氏名を教示している事実に徴しても同法上の秘密ではないというのである。
よつて、案ずるに、郵便法九条は郵政省の取扱中に係る信書の秘密は、これを侵してはならない。郵便の業務に従事する者は、在職中郵便物に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても同様とすると規定している。同法八〇条は同法九条に違反した場合の罰則規定である。郵便法の右の諸規定は、通信の秘密を侵してはならないという憲法二一条の要求に基いて設けられており、憲法は思想の自由や、言論、出版等の表現の自由を保障するとともに、その一環として通信の秘密を保護し、もつて私生活の自由を保障しようとしているのである。従つて郵便法上の信書の秘密は、この憲法の目的に適うよう解釈しなければならない、そもそも郵便物の委託者は郵便官署を信頼してその秘密を託するものであり、開封の信書や葉書であつても委託者が秘密にすることを欲する場合のあること、そして少なくとも委託者はその郵便物の内容を積極的に他人公開する意思のないこと、郵便物の発送元や宛先といえども、それが知られることによつて思想表現の自由が抑圧される虞のあることを考えると同法上の信書には封緘した書状のほか開封の書状、葉書も含まれ、秘密には、これらの信書の内容のほか、その発信人や宛先の住所、氏名等も含まれると解すべきである。
しかも原審における証人浜野健治の供述、当審における証人浅霧忠義の供述を綜合すれば、電話の新規架設者の住所、氏名を架設案内によつて知らせる前に公表すると、電話業者が、しゆん動して新規架設者に不利益をもたらす危惧のあることや電々公社の職員が特定の業者と結託して働いているのではないかという疑惑を持たれる虞があるので、本件犯行当時は、誰に電話の新規架設を認めたかを何人にも公表せず(弁護人所論の勧業証券に架設者の名簿を閲覧させるようになつたのは、本件犯行後のことであり、しかも、同証券以外の者には公表していない)職員にもこれを洩らすことを禁じていたこと、開封の信書であつても、郵便局で取扱い中に他に漏れるとは予想していなかつた事実を認めることができる。そうしてみると、発信人である姫路電報電話局は、本件の信書につき、その内容はもとよりその宛先につき、これを秘密にすることを欲し、しかも秘密を保持することに合理的な相当事由があつたものといわなければならないのである。
そして、本件犯行の態様をみると、被告人は、配達中にたまたま電話架設案内の本件書状をみて、その宛先等を知つたというのではなく、姫路郵便局において、姫路電報電話局から一括して差し出された電話架設案内の書状を発見するや、これを局外に持ち出して、その宛先の住所、氏名のほか、書状の中に記載されている電話番号を封筒の隙間から覗き見して書き取り、これを被告人土屋らに知らせているのである。被告人出田の原判示第一、(一)の所為が郵便法八〇条二項に違反することは明白であるといわなければならない。従つて弁護人の本件書状は開封だから、守らなければならない秘密はなく被告人の所為は郵便法上の信書の秘密を侵したものでないとの主張は採るを得ない。
次に国家公務員法一〇〇条一項に職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならないと規定されている秘密とは、他の法令によつて秘密とされている事項を含むものと解すべきである。郵便法九条によつて秘密とされている信書の秘密は、国家公務員法一〇〇条一項の秘密であるといわなければならない。従つて電話架設案内は、いかなる意味でも他人に知られたくない事項とはいえないから、公務員法上の秘密に当らないという弁護人の所論は採るを得ない。
原判決に所論のような法令適用の誤りはないから論旨は理由がない。
論旨四点について
所論は要するに公務執行妨害罪における公務員と収賄罪における公務員とは、保護法益を異にするから画一的にきめるべきではなく、若干の相違があると考えるのが当然である被告人出田は郵便集配人であるが、収賄罪にいう職務に関しというのは専ら機械的単純労働を指すものではないから、被告人の判示第一、(二)の所為は収賄罪に当らないというのである。
よつて案ずるに、刑法上公務員の概念は同法七条によつて明らかにされており、構成要件のいかんによつて解釈を異にすべきものではないと解すべきである。昭和三五年三月一日第三小法廷、判決(集、一四、三、二〇九)は郵便集配人の担当事務の性質は単に郵便物の取集め、配達というごとき単純な肉体的、機械的労働に止まらず、民訴法、郵便法、郵便取扱規程等の諸規定にもとずく精神的労務に属する事務をもあわせ担当している点を考慮してこれを刑法上の公務員と判示しているのである。従つて被告人が刑法上の公務員であること明白であり、その職務に関して賄賂を収受すれば、収賄罪を構成することはいうまでもない。郵便集配人は機械的単純労働に従事するに過ぎないことを前提として、公務員でないと主張する所論は理由がない。<後略>(畠山成伸 松浦秀寿 八木直道)